Urara's favorite music~2nd stage~

私の好きな80年代、90年代のJ-POPを中心に音楽にまつわる緩い内容です。

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一年前の記事を振り返る(2)

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秀樹「健ちゃん、はてなさんが一年を振り返ってみないかって言ってるけど
どうする?」

健一「決まってるじゃん!俺らで一年を振り返らなくて誰がやるんだよ?
行くぞ!秀樹。」
秀樹「えっ💦何話すの?って言うか、健ちゃんよく分からないのに話すの?」

 

すみません(;^ω^)bokete(ボケて)っぽくしてみたかっただけです。
今度は黒沢兄弟バージョンですw
ふりかえりメールがまたきましたので…また、振り返ります。

 

★去年の今頃は、献花の会の一週間前。

scene45.hatenablog.com

 

scene45.hatenablog.com

scene45.hatenablog.com

この時は、複雑な心境でしたね。一週間後は、黒沢健一献花の会」
あまりにもしんみりし過ぎたので、必死で明るく振る舞うかと
無理していたんだと思います。

悲しい気持ちを無理くり押し込んで、他の話をした方がいいんじゃないかとか
色々思うことがあって、リアルでは会社の人に気づかれないように
配慮したりしました。

で、上の元気が出る曲シリーズ…シリーズ化してない件w
(2)で止まってますね(;^ω^)ここんとこ、色々あったからなぁ。

 

☆それは良くないです。

悲しい時は悲しいで、人それぞれ悲しみ方ってあると思います。
私は、一時期黒沢健一ソロやL⇔Rなどが全く聴けなかった時が
あったりして、酷い時はビートルズも聴けない。
どう悲しんでいいのか、分からなかったなぁ。

まるで、悲しみを払いのけているかのような感じで
変にテンパってましたね。

 

悲しみを払いのけて、まるで健ちゃんを避けてるかのような
そんな感じでした。献花の会に行った後が、特に大変だった。

★献花の会に行った後…

涙が出てこない上に、あまりにも辛すぎて健ちゃんを避けていた。
悲しみと向き合うことが、マジでここまでキツイとは思わなかったな。

「自分の父親の時で慣れていたんじゃないのかよ!?」
思っていたんだけど、父の時とは違う悲しみだったわけで。

 

自分でも感じたよ。なんちゅうブサイクな態度だったんだろう。
ここでも、ブログ記事を何回か削除しちゃったのは
ボロが出過ぎて、中々上手く書けなかったから。

今みたいに、悲しみがやってくる時は
「そっかぁ、今悲しいんだな。」って、すんなりと認めることが出来なかったね。

一体、何と戦っているんだ。泣いたら、誰かにペナルティをもらうわけでも
あるまいし…(;^ω^)って感じだったんです。

勿論、この時はDVDなんて見られなかった。

仕事もあるから、涙を出してはいけないと思って
健ちゃんのことを一切考えてはいけないと、ひたすら無の気持ちで
仕事を淡々とこなしてました。

 

☆こういう時、友達が少ないと得?

そういうのを理解できる友達が居ればいいけど
友達がガチで少ない私は、誰にも言えなかった。
リアルで言ったら、痛いヤツ扱いになるし。

MOTORWORKSのネタも、一年前書いたようですが…
アンケートを取っていたから、ついでにモタワに関する話もしたんだっけ。
この時は、辛いのを通り越して意外と楽しんで話していた気がしますね。

献花の会の話は、来月の月命日辺りにでも話します。